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執筆者の写真a.t.

【第一章】必死に生きた記憶(3)

「ふぅ…」


廃ビルの二階に上がると、Aはその場でへたりこんでしまう。

私は極度の緊張感から解放され腰を抜かしそうになるのを抑え、割れた窓から顔を少しだけ出して外を確認した。

亜空堕は風船が破裂した場所へ既に辿り着いており、その周辺をウロウロしつつも見失った私たちを探しているようだった。


「もうちょっとだけ…ここに隠れとこうぜ。流石にもう追っては来ないだろうけど、俺も体力が限界に近い。ある程度休んだらここを出て、ちょっと遠回りしてでも亜空堕と鉢合わせしないルートを通って帰ろう…」


「そう…だね」


息切れするほど疲れていながらも冷静な判断をくれるのは流石と言った感じだ。ひとまず身を潜める事には成功したものの気は抜けない。

半分以上砕けてしまっている窓から差し込む夕焼けの朱色が部屋を照らしている。

そこで少しの間押し黙っていたAが呼吸を整えたので私も何かとAの方を見た。伏せ目がちなAが口を開く。


「ありがとうな、D」


俯くAの顔は夕焼けで影になってよく見えないが大分落ち込んでいるような声音だ。いつも明るいAらしくない雰囲気に少々ビックリしてしまう。


「えっ…あ、うん!全然、そんな!助けに来たはずなのに最後は私がAに助けられちゃったし…」


結局私はAを助けることが出来なかった。それどころか私が来たせいでAに余計な手間と心配をかけさせてしまった気がする。Aなら一人でもどうにか出来たかもしれなかったのに。


「ごめんね…やっぱりダメだね、私。もしかしたら私が来なかった方がAももっと楽に…」


「諦めるつもりだった」


「え…?」


私の声を遮ったAの声音は先程より微かに柔らかかったが、沈みきってしまった感情を孕んでいるように思えた。


「スーパーの外壁グルグル回ってた時さ、既に内心もう無理だなって思っていたんだ…このままアイツに殺されるんだなってさ…ははは…」


少し顔を上げたAの表情がようやく見えるとそこには無理してくっつけたような微笑みがあった。

Aのその表情はどこか憂いを帯びていて、私は息を飲む。Aは天井を見上げると遠い目をしたまま続ける。


「みんな俺の事すごいって言ってくれるだろ。でも俺は全然凄くなんてないんだよ。ただ凄く見せてるだけで…付いてきてくれたのは、いつも周りのみんなの方だったんだ」


どうやら私たちの彼への信頼と彼の中の自分への評価は少しズレてしまっていたようだった。彼への信頼が重荷になってしまっていたのかもしれないと思うと私はいたたまれなくなってしまう。


「今回Dに助けて貰ったのもそうだし、今までのことだって、俺は一人ではやって来れなかったと思ってる。助けて貰ってるのは俺も同じだ」


「だからありがとう」


本当は私が伝え無ければならなかった言葉を先に彼に言われてしまった。

感謝の気持ちなんて私だっていつも感じてる。だからこそ助けに来たいと思ったんだ。


「それでも…やっぱりAはリーダーだよ」


「D…」


Aは自分の事を凄くて完璧なリーダーに見せたくて強がっていた、と言い張った。

しかし、例えそれが強がりだったとしても、そのリーダー像を果たそうとどんと構えてくれていた彼の存在がとても心強かった。きっと皆にとってもそうだったはずだ。

それに私たちがAについて行ったのは、リーダーとしての実力に惹かれたからでは無い。

彼は私に大切な出会いをくれた。

中心になってつなぎ止めてくれたのが、彼だった。

良くしてもらったから付いて行く、なんていう義務感みたいなものは一切無い。


ただ純粋に彼と一緒に居て楽しかったから。

自分の意思で彼について行こうと思ったんだ。


「私は、今までのAが、皆が好き。だからAはそのまま、いつものAで居てね」


不安げだったAの顔が幾らか明るくなる。なんだか急に恥ずかしくなってしまって私は顔を逸らしてしまう。


「ああ!でも無理はしないでね!今回みたいに助けられる時はちゃんと、家族として助けに行くから!」


「フフッ、『家族として』か」


笑いを零したAの顔はいつも通りの自信に満ち溢れた顔に戻っていた。


「しょーがねえな!ったく手間のかかる奴らだぜ、俺がいつまでも引っ張ってってやるから覚悟して付いてこいよな!」


「うん、ついて行くね。どこまでも」


「そろそろ行こうぜ」と言ったAと共にまだ重い腰を上げ立ち上がると、私たちは階段を降り入口に向かった。


先を歩くAの背中を追いながら考える。

私はAからの感謝を、胸を張って受け取れる日が来るだろうか。

先に伝えなければならなかった言葉をその時、私は彼に伝えられるだろうか。


そして、もし叶うのならば、もう一つだけ、伝えたい言葉きもちも…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


外へ出ると日は暮れきってしまっており、廃れた街の残骸である第四区画は明かりも少ないためか深黒の闇に染まりつつあった。

亜空堕は遠方に居るのかここからではよく見えないが音を立てずに離れていけば安全な筈だ。


「よし、ちょっと遠回りだけど大きく回り込んで帰路に着こう」


私は頷きだけ返し、暗闇の中Aから離れないよう注意して歩く。

長きに渡った恐怖からの逃避がようやく終わると思うと少しだけ身体が軽くなったように思えた。


ふと私は亜空堕が居るという意識からか後ろを振り返った。

何となく、気になってしまったからだ。


そこで私の眼が捉えたのは何かの光沢。

辛うじて存在していた何処かからの光が、その濡れている何かに反射している。

そしてその何かが『口』であると理解するのに数秒もかからなかった。


亜空堕が大きく口をあけて私たちの方へ向かって走ってきていた。


「…ぁ…あぁ…!」


私の短い呻き声に気づき後ろを振り返ったAも目を見開いたまま固まってしまっている。

大きな誤算だった、亜空堕は音を頼りに私たちを襲ってきていた訳ではなかった。

私たちがそう見えていただけで、実際には『目には見えない物』を感じ取っていたのだ。


『時空力(じくうりょく)』


そう呼ばれている、現代の人類誰しもが身体に宿している超常エネルギー。

あの状況で音を頼りにしたのでは無いとすれば、亜空堕はそれを察知したに違いない。

Aが囮となり二手に別れた時も、音を聴いて獲物を定めたのでは無く、時空力の多い方を探っていたという事になる。私とE二人分の時空力よりもA一人の時空力の方が優れていてそちらを標的にしたという事だったのだろう。

詳しいことは分からないが亜空堕という存在は何かと時空力と関係が深いと言われており、奴は周囲の時空力を感じ取ることが出来るのかもしれない。

Aが私の手を引いて走り出そうとするが、踏み出した足は疲れから徐々に速度を失っていった。


「まずい、逃げ切れない…!」


Aが悔しそうに唇を噛んだ。

あの大きな口を開けながら走ってきているのを見るに口の中が周囲の時空力探知する為のセンサーの役割でも果たしているのだろうか。

しかし今更そんなことが分かったところでどうにもならない。

二人分の時空力へと向かう亜空堕の脚は止まってはくれなかった。


せめて『最期の時』ぐらい、と私は隣に居たAの手を握り、可能な限り穏やかな表情で微笑みかけた。その意味を悟ったAも私の手を握り返してくる。

『彼を一人にはさせない』そう誓ったのだから、この繋がりだけは絶対に離さない。


誕生日会やりたかったな。

ごめんね。皆…


私とAは『最期の時』を待った。

近づいた亜空堕の地鳴りのような足音が耳の奥に轟く。

私たちの身体より大きな口が眼前に迫ったその時だった。


ーーーヒュッ…


風切り音と共に薄目を開けた私の視界を横切ったのは閃光。瞬間、


ーーーズドン!


亜空堕が大きく横に吹き飛んだのだ。


「ぎぎぎャャあああッッ!?!?」


閃光の正体は、人間の脚だった。装甲に夜光を反射した金属製のブーツが亜空堕の横面に綺麗にめり込んでいる。

直後後方で強烈な照明(ライト)が点灯し、私たちと亜空堕、そしてもう一つ、私たちが待ちわびていた者たちの姿が照らし出された。


「亜空堕確認!…っつっても既にぶっ飛ばしちまったけどな!ははは!」


亜空堕に渾身の飛び蹴りを御見舞した女性が高らかに笑った。


「皆!こっちだ!子供が2人いる!襲われてたのか、間一髪だったな」


もう一人背後から駆けてきた男性は私たちの側まで寄ると自身の背後へ下がるように促した。


「亜空堕もまだ生きています。気を抜かないで」


「わかってる。プルトとホマリは生存者二人の保護を頼む!」


「はいっ!」「了解!」


「俺とレッサが前線に出る!イスイは援護を頼む」


突如現れた救世主たちの迅速で統率の取れた連携と共に、人類側の反撃が始まった。








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