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執筆者の写真a.t.

【第一章】必死に生きた記憶(4)

時空力。

そのエネルギーは我々人類に超常的な力をもたらし、特に才能を開花させた者は虚空から物質を作り出し、四大元素を意のままに操り、筋力を何倍にも増幅させるといった『時空能力』の使用を可能とした。


時空能力による犯罪や亜空堕などの被害の対策として設立された行政機関


『亜空対策機関』


は仲間たちと共に、時空力を駆使して日々平和に反するものと戦っていると言う。


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「ぎぎぎぎャあッ!」


「ハッ、横っ面めり込むほどの懇親の蹴りをお見舞いしてやったってのにまだまだ元気そうじゃないか!こいつは蹴りがいのありそうな個体だ…なッ!」


死の直前で亜空対策機関に救助された私とAは、戦闘から外れ保護に回ってくれている2人の若い隊員の後ろで、亜空堕と隊員の戦闘を見守っていた。

隊員達は時空力を使った肉体の強化、『時空能力』により跳ね回りながら攻撃と回避を繰り返し、私達では手も足も出なかったあの凶悪な黒い生命体を翻弄していた。

特に前線を張っている、他の隊員より年長であると見える二人は素人目に見ても優秀な隊員であることが分かる。

荒々しい口調の女性隊員が亜空堕の繰り出す体当たりをその強靭な健脚で弾き返し、隙が出来た所にリーダー格の青年が時空能力で作り出した剣つるぎを手に切り掛る。

2人の見事な連携によって亜空堕のその黒い肉には次々と裂傷が刻まれていく。


「ぎぎ……ぎャぎャぎャあ!」


隊員達は亜空堕をほぼ2人で相手にしていたが、窮地に立たされた亜空堕も負けじと攻撃の勢いを増していく。

しかし隊員二人に焦り始める様子は無かった。二人は亜空堕の攻撃を華麗にいなし、猛攻の合間に背後を振り返り何やら合図を送る。

そしてその合図を受けた少し後ろに控えていた少女、先程「イスイ」と呼ばれていた隊員が二人の動きに合わせた援護を送り始めた。

イスイが手のひらを真っ直ぐ正面にかざすと、その周りに白い煙を発する短い槍、鋭利な氷柱が無数に浮かび上がる。それを払うように手を振り切ると浮かんでいた槍は冷気をたなびかせながら一斉に飛んでいき、亜空堕の前脚に突き刺さった。

亜空堕が体制を崩したところに前線の2人がすかさず攻撃を叩き込む。

一瞬勢いを取り戻した亜空堕が瞬く間に押し戻されていく。

前線2人の戦闘の邪魔にならないように計算されたと思われる完璧な援護を送る少女を、私は呆然と見ていた。

すると隣のAも身を乗り出しそうになりながら感嘆の声を漏らす。


「すげぇ…これが『亜空対策機関』の『時空能力』を使った本気の戦闘か、こんな近くで見るのは初めてだ…!」


今まで平静を装っていたAだったが、ついには興奮を隠しきれない様子だった。

二人、眼前で起こる戦いぶりに圧巻されていたが、Aは少し何かを考える素振りを見せた後、徐々に下を向いてしまった。


「俺もあれだけ強かったら…みんなを護れるんだけどな…」


Aが何を考えていたのかは、何となく私も分かっていた。

脅威と戦い、皆を護る。それはAがいつも考えているであろう事だった。しかしどれだけ努力しても、どれだけ時が経とうとも、私たちには叶わない。


「A…私達は…」


そこまで言いかけて、私はその続きを言うのを止めた。

私達は、持っていない。

私達には彼らとの決定的な違いがある。

ただ、それでも…


「そうだね、強く…なりたいね…」


それでも私は彼にこう返すしか無かった。

それが叶わなくても、ヤツらに敵わなくても。

例え『持っていなくても』仲間を守る力が私たちにもあると、信じていたかったから。


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「一気に畳み掛けるぞ!」


Aの発言に気を取られていた私が視線を前に戻すと、青年隊員の号令と共に瀕死状態の亜空堕への最後の攻撃が始まろうとしていた。

あれだけ獰猛だった亜空堕をこんな短時間で仕留めようとしている、これが戦闘訓練により洗練された対策機関隊員の連携がなせる技。


カンッ。


精神を張り詰めていた私の鼓膜が背後で何か地面に落ちたような、強く叩いたような音を感じ取り、咄嗟に振り返った。

振り向き際に私の視界の端で何かが揺れ、その動きに視線を追随させる。


「人影…?」


暗くてよく見えず、そちらに視線を移した頃にはもう既に気配は消えてしまっていた。しかし、それとは別、背後に据えた視線が次に捉えたものが私の目を更に見開かせた。


視界の先の暗闇、私の身長の数倍の高さの場所で円形の光が広がり、その中心に一際鋭い光が走る。


『稲妻』が落ちたのだ。


そして轟音と共にまた別の亜空堕が出現する。


「嘘…!また現れた…!?」


音に気づいた前線の男性隊員は背後を振り返り状況を確認すると直ぐに、私達を保護してくれている2人の隊員に向かって叫んだ。


「まずいな…ッ!プルト、ホマリ!子供たちをそこより安全な場所まで誘導するんだ!終わり次第戦闘に参加、イスイを加えた三人でそっちの新しいのを頼む!」


「「了解!」」


二人の若い隊員が頷き立ち上がる。直後急に身体を引っ張られ浮遊感を感じる。気づけば私とAは隊員の少女の両脇腹に軽々と抱えられていた。


「俺が時間を稼ぐ、さっさとそいつらを運べ!長くは持たんぞッ!」


少年隊員のその言葉を聞くと、少女は私たち二人を抱えた状態で暗闇を一直線に駆け抜けた。

顔に風が吹き付ける。超スピードの移動で空間に取り残されるかと思う程の重力を感じ全身に力が入る。

新しく出現した亜空堕も私たちを抱えた少女の動きに反応して追いかけてこようとしたが、少年の放った怪しく光る波動に道を阻まれて足止めをくらっていた。

少女は私たちを亜空堕二体と距離の離れた建物の影に降ろし、


「ごめんね二人とも。お姉ちゃんも戦闘に加わることになったから、ちょっとだけここで隠れててね」


そう言って戦場に戻って行った。

地に降ろしてもらった私は驚きで強ばっていた身体の力を抜いて一息つく。


「急に掴まれたからびっくりしたー…それにしても二人持ち上げちゃうなんて、力持ちになれる能力はちょっと便利そうだね」


アハハ…と冗談交じりに私は言った。


「…A?」


レスポンスが返ってこなかった為、私の背後に降ろされたAの方へ視線を向ける。

振り向いた私が見たものは、先程より悔しそうに俯き自身の膝をグーで強く殴るAの姿だった。


「これじゃ…俺たちはただのお荷物だ…ちくしょう…」


「A…」


確かに彼の言う通り私達が明らかに機関の隊員達の足を引っ張っていた。きっと彼らも私たちが居なければ自由に戦えていただろう。


「俺だって…『時空能力』を使えれば、アイツらをぶっ倒せるのに…!」


せめて私たちが戦えれば。


子供とは言え、亜空堕と戦えないなんて事は無い。現に眼前で行われている戦闘も前線の2人を除けば、私たちより少し上ぐらいの年齢としの、少年少女たちによるものだ。

機関の訓練生であれば私ぐらいの子供だっているだろう。


しかし、彼らと違い、私たちは持っていないものがあった。

時空力自体は誰しもが有していて、私たちの身体にも確かに存在している。

が、それを使う『才』が無ければ彼らのように戦うことは出来ない。



時空力を使用する為の力、『時空能力』に関してはこの世に持つものと持たざる者が存在している。



時空能力者と非能力者。

『時空能力』を持つものでなければ彼らのような抗う者にはなれない。

更に能力者であれば、出自など関係なしに第二区画以前に存在する『亜空対策機関』への入隊を許可され、平和の為に戦うという条件付きだが若いうちからある程度の生活まで保証されるという。この荒廃した区画で生活する必要もなく、もう少し自由に生きられる。


私たちは親も居なければ財産も無く、能力(ちから)すら持ち合わせていない為、この第四区画で脅威に侵されながら生きる事を余儀なくされている。

この土地で自由など諦め、より良い時代が来るのをただ怯えながら待つしかないのだ。


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『クソッタレ!』


あー!危なかったぜ!あのガキにはバレたかもしれないが、機関の隊員共には見られちゃいねえようだ。

だがハッキリした。どうやらあの野郎のイカれた成果物は本物らしい。

管理区全域で『鍵を使え』なんて面倒くせぇ事を言い出すから何かと思ったが、『ヤツ』にジワジワ近づいてやがったのか。


『あの鍵』で開いた先から連れてきていたのは『ヤツ』を見つけるための『とっておき』だったって事だ。


つまり『あの鍵』は『とっておき』だけを選んで引き摺り出せる代物って訳だ、笑えるぜ。

あんだけ一気に逝っちまったなら確かに大量の『鍵』を使っても『とっておき』は尽きねえってもんか。

『ヤツ』とあのバケモンが引かれ合う運命にあるってのは…まあ残酷なこった。

ん、いやあほんとにそう思ってるぜ?

しかしマジにイカれた技術だ。持ってきたあの科学者(おとこ)、一体何者だ?

科学者程度が作れる代物でも無ぇはずだ。

だったらあの科学者の後ろには、一体何が付いてやがるってんだ…?


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無力感に苛まれていたAと私の間には、しばらく気まずい沈黙が続いていたが気づくと辺りは静かになっており、亜空堕と隊員達との戦闘は終わっていた。

もう出ていっても大丈夫という雰囲気を感じ取った私とAはゆっくり立ち上がり、隠れていた物陰から歩き出た。

突然傍で亜空堕が誕生するというイレギュラーに対して隊員達も少し困惑していたようだが、結局この短時間で建て直し連携の元二体の亜空堕を仕留めたようだった。

やはり彼らは優秀なチームなのだろう。


「おっ、ガキ共!怪我してないかー?」


前線を張っていた豪快な女性隊員の声におずおず頷くと、向こうも満面の笑みでうんうんと首を縦に降っている。

隊員達のそばまで来ると傍らには亜空堕の死体が二つ転がっていた。

2度目に出現したであろう個体を見ると一体目よりスマートで素早そうな見た目をしている。亜空堕にも個体差というものがあるらしい。

すると見つめていた亜空堕の死体が急に小刻みに震え始め、何事かと私は後ずさった。怯える私の両肩にそっと手が置かれた。


「亜空堕が消滅するのを見るのは初めて?亜空堕はね、死んじゃった後はこうやって消えてなくなっちゃうんだよ」


私を優しく支えてくれていたのは途中で私たちを抱えて走ってくれた少女だ。柔らかな面持ちで教えてくれた。

そしてグジュグジュという耳障りな音を立てて亜空堕の死体が霧散する。亜空堕は活動を停止するとこうして骨も残さず消えるようだ。果たしてそこにも個体差があるのだろうか。

亜空堕をぼーっと見ていた私の方に前線を張っていた2人の男女が微妙に揃わぬ足並みで歩いてきた。


「二人とも無事だったみたいだな」


青年の問いに私とAが首を縦に振ると「何よりだ」と笑顔で頷き返してくれる。青年はヅカヅカと豪快に歩いて追いついてきた女性隊員の方へ振り返り、眉をしかめて言う。


「しかし、レッサ。お前また勝手に飛び出しやがって…」


「ははは!だがアタシがあの時、亜空堕を蹴り飛ばしていなかったら、そこのガキ共はミンチの状態で仲良く胃袋の中だったぞ!」


女性隊員はこれまた豪快に笑いながら言った。彼女の名は『レッサ』と言うらしい。控えめな印象の青年と比べて彼女は笑顔も勇壮で対照的に見える。なにより声がデカい。


「お前は俺たちと違って暗闇の中の亜空堕が見えてたんだろう!?それならイスイに報告して遠距離から脚を撃ち抜いてもらった方がお前も安全だったろうに」


「むぅ…だって飛び出して蹴っ飛ばした方が、かっこいいし気持ちいいと思ったんだもん…」


「お、お前なぁ…」


「隊長、副隊長、今作戦の反省は帰還後に。今は彼らに先程の状況についての聴取を行うべきかと」


2人のやり取りを後衛を務めていた少女、イスイがピシャリと制する。少女に冷たく指摘されてしまった青年はきまり悪そうにポリポリと頬を掻いた。


「ああそうだな…悪い。ええっと…君たち、早速で悪いんだけどあの時の状況について少しだけ話を聞かせてくれないかな」


私とAは亜空堕が目の前で誕生した時のこと。時空力の量を正確に判別し、襲ってきた可能性があること。亜空堕から命からがら逃げ切った後、暗闇の中で二度目の遭遇を果たしてしまったこと。そして最後に私は2体目の亜空堕が生まれた時に感じた気配についても話した。


「ふむ…周囲の時空力を感じ取り動く亜空堕なあ。アタシも時空力を察知する個体が居るという報告は耳にした事があるが…そこまで正確に時空力を感じ取れると言うのはレアなケースだろうな…」


レッサは頭の後ろに両手を組み小難しい顔で夜空を仰いでいる。それにイスイが続く。


「最近第四区画でそのような特殊な生態、かつ不可解な動きを見せる亜空堕が多く観測されているようです」


詳しくは私には分からないが、話の雰囲気から何か良くないことが起きているということぐらいは分かる。

更に、第四区画で起きている事と言うのも引っかかる。ただでさえ劣悪な私たちの生きるこの場所でこれ以上悪い事は起こらないで欲しい。


「時空力を正確に察知する亜空堕…それに誕生の前に起きた光の柱のような現象の正体は一体…」


「嬢ちゃんが最後に感じた人影ってのも怪しいぜ?なんか関係してるのかもしれないな」


隊長と副隊長は、対策機関専用の情報端末を取り出し忙しなく指をスワイプさせ、議論と共に報告を打ち込んでゆく。


「亜空堕が発生した場に都合よく現れ、更に目撃を避けたとなれば、人影そいつと関係が無いとは思えない。何処かの非正規組織の人間か…あるいは…俺も背後の人影に気づければ良かったんだがな…」


ホマリと共に私達を保護してくれていた少年の『プルト』も腕を組み片目を閉じて、少し離れた所に横たわる未だ消滅していないもう一つの亜空堕の死体を眺めている。


「ん…?」


「おーい!A!D!」


プルトの視線の先、亜空堕より更に奥の遠方から声が響いた。


私とAにとっては聞き慣れた声。別れたのは今日の内だったはずだが、随分と過酷な時間が続き、時間の流れを遅く感じていた為か懐かしさまで感じるその声は、私たちの家族『E』によるものだった。背後には更に2人の人影も見える。


「お?なんじゃあいつら」


不思議そうにする女副隊長を横に私とAは驚きの声を漏らす。


「あれは…!」


「みんな!」


Eはあの後先にアジトに戻り、BとCに事情を話したのだろう。正義感も行動力もあるBとCなら助けに行くと言うに決まっていた。亜空堕がいつ産まれるかも分からない第四区画において暗闇の中の捜索は危険極まるが、そんな中探し続けてくれていたのだろう、3人とも汗まみれになっている。


「よかった!2人とも無事だよ!」


「全く心配かけさせやがって…」


Cがいつもの活発さに似つかない潤んだ瞳で叫び、Bも肩の荷がおりた様でヤレヤレと嘆息をこぼした。三人が私たちの方に走ってくる。


「あ、えっと…隊員さん、あの子たちは私たちの家族で…!」


「危ない!下がれッ!」


突如、少年プルトが叫ぶ。


「…え?」


「グギギギギギギャ…!」


前方に横たわる黒い塊、活動を停止したと思われていた亜空堕が再び動き出している。


「まずい!間に合わない…!」


「キャーーーーーーッ!!!」


Cの悲鳴が響き渡る。

周りの隊員たちも諦めずに走り出すが唇を噛み、悔しそうな表情をしている。

隣にいたAは、目を見開き絶望の様子で立ち尽くしている。

咄嗟に私も祈ることしか出来ない。

贅沢な生活なんて望まない。大切な繋がりを、どうか私たちから取り上げないで…






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