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  • 執筆者の写真a.t.

【第一章】生誕祭(1)

死ぬのか…?俺…


探索から一人で帰ってきたEから説明を受けた俺たちB・C・Eの三人は、その後すぐアジトを飛び出して遅くまで走り回りAとDを探し出した。


だけど、この状況は一体なんなんだよ…!


AとDとの合流を直前に、亜空対策機関によって倒されたであろう亜空堕の死体が動き出し、今まさに俺たちに襲いかかろうとしている。

恐ろしい亜空堕を前に俺たち三人は立ちすくんでしまっていた。

恐怖と驚きで踏み出さなければならない足が上手く動かない。

パンクしそうな思考の中、亜空堕より奥の視界に捉えたAの顔は恐怖に歪んでいた。


(どうすりゃいい…!今の俺に何が出来る…!)


チカッ。


アジトから持ってきていた、肩から下げているポシェットの蓋の隙間が光ったような気がした。


(もしかして『アレ』が光ったのか…?そんなはずが無い。持ってきてはいるけど、そんなはず…)


しかし、僅かに漏れる光は、ポシェットの中の『アレ』から発されているであろう物だ。


(明日の作戦の時に使う為にチャージをせず、温存してある筈なのに何故…)


分からない。分からないけど、考えるより先に俺の手は動いていた。


「うおおおおおおおおッッッ!」


ポシェットから勢いよく取り出したそれを前方に構える。

やはり取り出したそれは光を放っており、確かにチャージ済み、使用可能だった。

何故使えるかなんて理由はどうでも良くなっていた。

亜空堕は立体的に動き回りながら近づき、今まさに俺たちに飛びかかろうとしている。


(動きが速い…!俺に当てられるのか!?そもそも当たったところでこれの威力じゃとても…)


突如、過去にAが言った言葉が脳裏を過ぎる。


ーーーお前すげえな!百発百中!流石、俺の右腕だぜ!


(いつの間に右腕になったんだよ、本当…)


歯を出してニカッと笑う、独りだった俺を救ってくれた奴の顔。いつも太陽の様に笑っているあの顔が好きだった。だが今、視界の先のアイツの顔は太陽からかけ離れた、絶望をそのまま映したかのような表情をしている。


(A、なんつー顔してやがる。安心しろよ、俺はお前の作ったこの集団グループの…)


「副リーダーだッ!」


トリガーを引くと俺の手に握られた『アレ』もとい『拳銃』が眩い光を放ち、周囲の暗闇を切り開く。

その閃光はまるで、絶望を照らす太陽の光のようだった。


========================


眠るのが好きだ。


眠っている間はこの空腹すら忘れられるから。

夢の世界は自由で、理不尽な現実をいくらでも否定出来た。

眠っている間だけは救われているような気がした。

だから私は、深い眠りについた。

深い深い眠りについた。

『その人』が言うには、この眠りが私を救ってくれるのだと。


そして私は夢を見た。

その夢で最初に見えたのは、真っ赤な空。

周りを見渡すと廃れた地表があって、その地表の先の丘に誰かが一人立っている。

知り合いでもない、『その人』でも無い。


多分、神様。


おかしな場所だったけれど、決して悪い気分では無かった。

全てを忘れられて、何も考えられ無くなっていた。だからそこから先はよく覚えてない。

気づくといつの間にか景色は変わっていて、私の嫌いな景色になっていた。この景色を終わらせて、早くあの場所に戻りたい。

戻るってどうやって?分からない。上手く頭が働かない。

頭は働かないのに、勝手に動く。


なんで今、私こんなことしているんだろう。

こんなことをする事を私は望んでいない。


しかし、理想のその先を望んだ私の身体は、もう私の物ではなくなっていた。


痛い、苦しい、死にたくない。


死にたくないのに、強い執着が呼び寄せた記憶が私を突き動かす。


ーーーお腹すいたなぁ。


========================


カンカンカン!


「起きろー!朝だぞー!」


「う、うわぁ!ビックリした…」


響き渡る甲高い音で深い眠りから引き戻された私は薄い掛け布団を吹き飛ばす勢いで起き上がる。

勢いのまま飛んで行った布が目の前のフライパンとおたまを持った少年に降りかかり、頭から被さった。

少年は布を退どけ顔だけ出すとズレた眼鏡を直しながら不満そうに唇を尖らせる。


「なんだよD、そんなにビックリするこたないだろ」


メガネの奥の瞳が私の全身を流し見ると、顰しかめ面はすぐに困ったような笑顔に変わる。


「凄い汗だし、うなされてたけど、怖い夢でも見た?」


気づくと私はびっしょりと汗をかいていた。

さっきの音の主はAの右腕のB。食事係兼目覚まし係をしてくれている。このグループの副リーダーという立場で、みんなからの印象は『お母さん』といった感じ。

そしてBは細かい事でもすぐに気がつく鋭い観察眼を持っている。何でもこなすし、気も遣えるし、これがキレる男と言うやつなのだろう。


「うん、ちょっと嫌な夢を見てた気もする…あんまり覚えてないけど…」


「あーわかるわかる!アタシもこの間オバケの夢見た!」


そばで寝ていたCも起きてきて四つん這いのままトコトコと擦り寄ってきた。

眠りから覚醒したばかりだというのに、既にいつも通りのハイテンションを取り戻している。


「もう俺はフライパンぶっ叩かれて起こされるのも慣れたぜ〜。てか白い布頭から被って、Bがオバケみたいだな」


寝ぼけ眼を擦りながら、同じく起床していたAもCに続く。


「わー!やめてやめて!オバケ嫌いなのー!」


「へぇ。そうかそうか…」


Aはニタァ、と嫌な笑みを浮かべると自分のかけていた掛け布団を頭から被りCに襲い掛かる。


「ふふふ…呪ってやる…」


「やだあああ!悪霊退散!」


ぼふっ。

Cが近くにあった枕を投げつけると、布を被ってにじり寄っていたAの顔面にヒットした。


「ぐえっ!へへっ、やったな!」


「わぁん!もう追いかけてくるなー!」


Cが寝室、ではないが私たちの寝ていた部屋から飛び出すとそれを追いかけるようにAも走り出す。


「朝から騒がしいなお前ら…」


「おい、呆れている場合か!Bも手伝え!お前もオバケ陣営なんだから!」


「いつからオバケ陣営になったんだよ…」


一言残して出ていってしまったAを、やれやれとBが止めに追いかける。

静かになった部屋で、私は起きたばかりの身体を解すように大きく伸びをして一息つく。


「ふぅ…」


「D…あの…大丈夫…?」


背後から遠慮がちに声を漏らしたのは前髪で目がほとんど隠れてしまっている少年、Eだ。

私たちのやり取りを傍から静観していたようで、Eはもじとじしながら「えっと…えっと…」と手をこねている。


「昨日の夜は、僕が別れた後色々、あったみたいだし…疲れてるのかなって…」


Eも心配してくれていたようだった。なんだか気負いさせてしまっているようで申し訳無くなってくるので、ここは一つ寝起きだがCを見習って明るく振舞っておこう。


「あはは、心配しないでよー。昨日は確かにビックリしたけど、怪我とかもしてないし元気だよ?」


「そ、そう…でももし、何かあるなら…僕にも…相談して…」


「ホントに大丈夫だから。もー、Eは心配性だなぁ」


「そ、そうかな…あはは。うん、大丈夫なら…いいんだ…」


私はEの手を引いて、Bが用意してくれているであろう食卓に向かう。

特に身体に異常はないし、ただ悪い夢を見て寝覚めが悪かっただけなのだろう。

それに今日は、体調を崩している場合では無い。ついにあの日がやってきたのだ。

みんなが私の為に動いてくれているとはいえ、本人の私もできる限り一緒に頑張りたい。

よーし今日は気合いを入れて…


「あ、あのさ…び、Bの起こし方、僕も結構ビックリするから…あの…Dと一緒!…だね…なんて…あはは…」


一人心の中で気合いを入れ直していた私に、Eが何か話し掛けてくれていたようだが聴き逃してしまった。


「ん、あ、ごめん。聞いてなかった。なにか言った?」


「な、何でもない!」


Eは恥ずかしそうに繋いでいた手をバッと引っ込めてしまった。


「いや…今日は、僕も頑張らないと…って思ってさ…」


「作戦決行の日…だもんね…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


食卓に付くともう既にみんな席に付いていた。私とEがそれぞれ空いた席に付くと、リーダーのいただきますの号令とともに朝食が始まる。

朝ごはんは焼いたトーストの上に炒めた卵をのせ、塩を振っただけの質素なものだが、皆と食べる朝食はどんなものであろうと美味しい。

私は口にトーストを運びながら昨日の夜の事をぼーっと考えていた。


突如発生した亜空堕からの決死の逃亡。

亜空対策機関に助けられ、傍観することとなった隊員たちの戦い。

そして私たちを探しに来たB、C、Eに襲い掛かった瀕死の亜空堕。

正直よく生き延びることが出来たなと思う。

まさに激動の一日だった。

亜空堕の発生をあれほど間近で目撃したのは初めてだったが、第四区画ここで生きていく限り、昨日のような危険は避けられない。

いつだったか博識なBに複雑で難解ではあったが、教えて貰った知識がある。


亜空堕は『空間時空力』の多いところでは産まれにくいとされている、と。


時空力は私たちの身体の中以外に大気中、厳密に言えば空間にも存在しており、それを『空間時空力』と呼び、体内に存在する方の時空力を『人有時空力』と呼ぶらしい。

時空能力者達のような能力の発動以外で、人は能力者、非能力者問わず生命活動中にも無意識下で人有時空力を消費し続けており、その消費した人有時空力は空間へと放出されそのまま空間時空力に混ざるのだと言う。その消費はいわば呼吸のようなものだ。


『つまり空間時空力は人が多く生活する場所ほど潤沢になる』


この第四区画の様に広い土地に点々と住んでいる状況では各地の空間時空力は薄くなりやすいのだ。


人有時空力は時間経過と共に回復するらしいのだが、では


『少数であれど人が存在してさえいれば、人有時空力を回復しては放出するを繰り返す事で、空間時空力が無限に増え続ける筈なので、そもそも枯渇することは無いのではないか』


と言う疑問も出る。


が、そうでは無いらしく、空間時空力に関しては増えすぎを防ぐ為の『時空力を定期的に消費するシステム』が自然の摂理として存在しているとの事。

その時Bが分かりやすく例えてくれたが、第三区画以内の人有時空力放出後の空間時空力を10とするなら、そのうち5ぐらいがシステムによって消費されるようで、その消費される量は地球上どこだろうと『一定』らしい。

つまり、第四区画でも否応なく第三区画以内と同じ量の空間時空力が自然の摂理によって消費される。

第四区画の空間時空力は数値で表すなら精々5や良くて6程度らしく、システムに持っていかれると1以下になってしまうことが多い。

亜空堕は空間時空力が『ゼロ以下』になった地点に産まれるとの事だった。


第四区画の人々も集まって暮らせば多少亜空堕発生の問題の解決に近づく筈だが、精神的に余裕のない荒んだ性格の人間も多いこの区画で集まって暮らすと言うのは揉め事や問題が起きやすいためか嫌厭されている。それに加え第四区画には、大勢で一箇所に住めるような整備された居住区画が存在しないというのも、集まって暮らせない理由の一つだ。

前者は住民の意識次第でどうにかなる物だが、後者は国によって大規模な第四区画の改造が行われない限り実現不可能な物だ。第四区画の整備をする政策は進んでいるようだがそれがいつ完了するのかは分からない。


今後も昨日のようなことが起こるかもしれない。亜空対策機関の人たちが助けに来てくれるとは言え、ある程度の自己防衛も必要になる。

もしまたあんなことが起きたら、次も無事に生還出来るのだろうか…


「おーい、Dさーん?」


急に声をかけられ、ハッと我に返る。


「え、あっ…!うん、なに?!」


「どうしたんだよぼーっとして、たまご落ちてんぞ」


私が手元を見るとトーストからボロボロと卵が溢れ落ちていた。


「わわわっ、ごめん気づかなかった」


「全くよぉ。もしかして浮かれてんのかぁ〜?」


朝ごはんを早々に食べ終わったAが呆れた感じでやれやれと首を振っている。


「主役が上の空じゃ俺らも祝い甲斐がねえしな。シャキッとしてくれよ」


「う、うん。ごめん」


私は謝罪を述べた後、残っていたパンを口に放り込む。

全員が食べ終わったのを見るなり、Aが立ち上がって言った。


「よし、みんな食い終わったみたいだな。ついにDの誕生会が明日に迫っている。昨日の探索でアジト内装を飾りつける装飾品なんかは手に入れられたけど、まだ『肝心なモン』が手に入ってねーよな?てことで今日の作戦の概要を説明するぜ」


「『Dの誕生会用の諸々(食いもん重視)ゲットだぜ作戦』の概要をな!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


身体の芯に響く程の衝撃による、強烈な感覚はしばらくの間俺の手に残っていた。

今まで使ってきた中でも、あんな反動を感じたのは初めての事だ。


この拳銃は『武器』と呼べるほどの威力は有して居ないはずだった。


昨日アジトに帰ってきた後、チャージ残量がまだ残っていたので何回か瓦礫の壁に向かって試し撃ちをしたが、やはりあの時のような威力にはならなかった。

いや、それで正解なのかもしれない。

あの時の一撃は、


襲い来る亜空堕を吹き飛ばす程の威力を有していたのだから。


俺は威力が元に戻っている事に少しだけホッとしていた。

そしてあの時、あの力が人ではなく『亜空堕』に対して向けられた物で良かったと、そう思った。







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