第四区画では2週間に1度『配給の日』がある。
配給の日は指定の場所で第三区画以内から運ばれてくる食料や生活必需品などを受け取れる日となっている。
配給制度は厳しい生活を強いられる第四区画での唯一の救済だ。
私たちは今、アジトを抜け出し配給場所に指定されている第三区画と第四区画を分ける通称『門』を目指して歩いている。
「みんなちゃんとカード持ってきた〜?」
先頭を意気揚々と歩いていたCが振り向きヒラヒラとそれを掲げてみせた。
「もちろん、これが無いと配給受けられないからな」
私を含め全員が紐付きのカードケースを首から下げている。
配給を受けるためには一人一枚交付される顔写真付きの管理番号が記されたこのカードが必要になる。
顔写真と管理番号は機関によってファイリングされており、登録さえすれば配給に加えて追加支給品の申請や怪我や病気の治療のための医薬品などの支給も受けられるようになり色々と恩恵が大きい。
そしてこのカードは、犯罪組織の温床と化しつつある第四区画において、自身を反社会的勢力でない善良市民だと証明する身分証の意味も果たしている。
マイクロチップが埋め込まれているという噂があったり、顔写真付きであったりと犯罪組織が嫌いそうな要素を多数含んでいるので、効果はあるのだろうか。
「到着したら、まずは普通に配給を貰うぞ。全ての配給が終わったあとが今回の作戦の本番だからな」
今回の作戦『Dわたしの誕生会用の諸々ゲットだぜ作戦』は、カード所持者の恩恵の一つである追加支給品を誰かが不正に独占しているという噂を調査し、あわよくばそれを奪ってしまおうというものだ。
カード所持者は事前に申請を行う事で、次の配給にて通常の支給品に追加で希望の物品が手に入る『追加支給品』のシステムを利用出来る。申請は第三区画以内にある管理局という場所で審査された後、物品が用意され第四区画に届けられる。
システムの利用には対価としてカードに貯蓄されている電子通貨ポイントが必要で、第四区画の人間は少量ではあるが月ごとに一定のポイントが貰える事になっている。
所望の品があまり高価な物や貴重な物だと申請は受理されないことが多いが、娯楽・嗜好品の類であったとしても菓子類や本などであれば受理されることが多い。
しかし最近は追加支給品が殆ど受理されず、それを不審に思い始めた第四区画の人々により『機関の配給員が第四区画の何者かに支給品を横流しにしているのではないか?』という噂が立ったのだ。そこで今回の作戦が私の誕生日を機に実行される。
B『配給員もタダで横流しにしてるとは思えないよな。あり得るとしたら、その第四区画の何者かが対価を渡して追加支給品を得ている可能性…』
A『取引をするなら、配給待ちの俺らに見られないようにやるはずだ!配給中も怪しい動きがないか監視するつもりだけど、俺の予想では動きがあるとしたら配給が終わった後なんじゃないかと思うんだ』
C『えーと、配給の最終時刻は午後4時30分だからー。それまでの時間は怪しい動きが無いか監視して、配給終了時刻後は撤収する配給員を尾行、そのどっちかで秘密の取引現場を抑えることが出来れば追加の支給品はぜーんぶあたしたちの物ってことだね!』
E『でも…もし取引現場を目撃した時に相手が協力者と一緒に抵抗してきたら…無事では済まないかも…こないだの喧嘩みたいに相手が第四区画の非能力者だけならまだしも…』
A『まあ今回はまともにやり合う気は毛頭ねえよ。次の日のDの誕生会、ボロボロの状態でやりたくねえしな。抵抗してきたら『アレ』使って速攻逃げる。俺らのグループのアジトの場所知ってるやつなんてそうそういねーから追ってくることも出来ねーだろうし』
という感じで、以前行われた作戦会議では『秘密の取引現場を抑えたら追加支給品を強奪して逃げる』という流れに話が落ち着いた。
作戦と言うほど立派なものではなく、要するに正面突破だ。
危険や不安は大いにあるが、第四区画ここに来てからというもの、巻き込まれた事件の数々は全て、全員で協力して切り抜けてきている。
今回の作戦だって難なく成功させる、と思いたい…
下らない談笑をしながら暫く歩き、私たちは遠目で道路に人がごったがいしているのを確認する。
「よし、到着!」
ここは通称『門』。
第四区画の終わりとも言える中心部分には管理壁と呼ばれる第三区画とを隔てる長い長い壁が存在している。
管理壁は現在第三区画として定められている、過去に『千代田区』と呼ばれていたエリアの外周を囲むように設置されており、高さは10メートル程でそこまで高さは無いが、壁の上部にセンサーが着いており無断で中に入る事が出来ないようになっている。
ここが『門』と呼ばれているのは、その壁に第三区画からの車両や亜空対策機関の隊員達が通る為の大きな扉が設置されているからだ。
この扉は管理壁に一定の間隔で存在しており、第四区画のどの位置で問題が発生しても救助に迎えるようになっているらしい。
私たちはこの扉以外には行ったことがないから他のことはよく知らないのだが。
「うわー、相変わらず人がいっぱい居るね」
第四区画のどこにこんなに潜んでいたんだと不思議に思う程に人が大勢集まっている。これでもこの近隣に住む人間だけと言うのが驚きである。ただ、ここに大勢の人間が居るということは、これだけの数がこの区画に住むことを余儀なくされているということでもある。
「さ、騒がしい…」
Eは人混みが苦手なのか額に汗を浮かべ微妙な表情をしていた。困窮した生活の中でも、この日の住民たちは普段より活気に溢れているようにも見えた。
「まあ、第四区画においてグループが違う人間と交流出来る数少ない機会だしね。他のグループと親睦を深めることも第四ここで上手く生きる術すべではあるし」
Bはいつものように上手く周りの状況を分析して伝えてくれる。
「あたしたちのリーダーはそう思ってないんじゃなーい?」
「べぇーつに俺らは俺らだけでも生きていけらぁ!」
やはりAが他の人間を信用しないスタンスは変わらないようで、Cがからかうように言うとぷいっと他所を向いてしまう。
「そんなことより、だ!先ずは並んで普通に配給貰いに行くぞ!」
私たちはいくつかに別れている待機列の最後尾に散り散りに並んだ。
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「ふん、嫌ね全く。なんで私がこんなこと」
腕を組み、鼻を鳴らした齢おそよ10歳の少女はその幼さに似つかわしくない絢爛なドレスのような衣服に身を包んでいる。
周りには同い歳程の少女が並んでいるが彼女だけその容姿のせいで際立って見えた。
「あはは、まあまあレミカちゃん、中央管理棟の訓練生として配属されるまであと数年、それまでの辛抱だよ」
「そうそう、辛いのは今だけ。管理棟配属になったら、『こんな場所』にわざわざ来ることも無くなるわ」
列の切れ目で周りの人間全員に聞こえる程大きな声で愚痴を零しながら配給作業を行っているレミカ、と呼ばれた少女にその両脇で同じように配給を渡す取り巻きの少女たちがフォローを入れている。
ふんぞり返り大声で愚痴を零す少女はパンや卵、牛乳などの食料やその他生活必需品の入った大袋を引っ掴むとそれを前に掲げて見せて、眼前に並んでいる配給待ちの人間の顔など見向きもせずに渡していた。
「その数年すら待ちたくないわ。私は第二区画に最も近い所に家を持つ人間なのよ?なのに何故こんな小汚い連中に餌をくれてやらないといけないのかしら」
「あはは、ちょっ、レミカちゃん言い過ぎ。並んでる人に聞こえちゃうよ?」
「あ、あの…」
そこで取り巻きの少女は背後から肩を叩かれ、怪訝な顔で振り向く。
「さ、3人とも…一応お仕事の一環だから…私語は控えるようにって…」
「はァ?何?『モジ子』あんたアタシらに命令する訳?」
「いや…でも…」
それまで後ろで黙々と配給袋の補充作業をしていた、彼女たちと同齢と見れる気弱そうな髪を二つ結びにしている少女が見かねて声をかけたが、すぐに気の強い三人に気圧されてしまう。
「なに〜?モジモジしてるだけじゃわかんないよ〜?」
「あは、てか声ちっさ。まともに喋れないなら最初から話しかけてくんなよ」
「ぅ…その…でも…」
「あまり調子に乗らないで頂戴。私と同じ班で仕事している以上、あなたよりも『偉い』私の言うことが絶対なの。貴方は私が言った通り車とここを往復する作業を黙ってしていればいいのよ、お分かり?」
二つ髪の少女は結局俯いたまま何も言えなくなってしまい、とぼとぼと補充作業に戻っていった。再び車に積んである袋の入ったカートンを一人でせっせと後ろに運ぶ彼女の背中を見て、彼女たちはまた顔を合わせて笑う。
「補給作業あいつにやらせて正解だったねー」
「そうね、あんなことしていたら汗をかいてしまうわ」
「でもこっちも疲れたわー、交代時間まだなのぉー?つーかアタシらの分の仕事もモジ子がやればいいのに」
「あら、そのアイデア最高ね」
「いやそれモジ子死んじゃうから!」
少女達が列に並ぶ人間そっちのけでクスクスと笑いをこぼし談笑していると、次に配給を受け取った無精髭を生やした屈強な男がそのまま列から抜けず前かがみの状態になる。少女たちが訝しむように見上げると、男はニタァと嫌な笑顔を浮かべ、脅すように彼女たちに語りかけた。
「なあ、お嬢ちゃんたち。お喋りはその辺にして、おじさんからちょいとお願いがあるんだがな…そこの配給袋もう一個だけオマケでくんねーかなぁ?」
覗き込むように顔を近づけて話す男にドレスの少女ラミカは少し驚いて見せたが、すぐに今まで通りの尊大な態度に戻る。
「ふ、ふん!ダメよ、ルールとして一人あたりの配給の量は決まっているわ」
「硬ぇこと言うなよ。最近じゃ追加支給品だって入ってこねえしよぉ、そんぐらいいいだろう?」
そんな規定は承知の上で言ったであろう男は当然引き下がらない。男は彼女たちにジリジリと詰め寄りさらに威圧感を増していく。
彼女たちの顔には少し恐怖の色が滲んでいるが、それでも負けじとラミカが言い返す。
「っ!なんなのさっきから、渡したんだからさっさとあっちに行きなさいよ!意地汚い!」
少女の発言に男の表情からスっと作り笑いが消えた。
「ぁあ?目上の人間に対する態度がなっちゃいねえなぁ、嬢ちゃん?」
するとその後ろに並んでいた別の男たちがゾロゾロとその少女達の前に立ちはだかった。
「こうしたら、もう周りからは見えねえからなぁ…痛い目見ねえうちにそこの配給袋の入ったカートンごと俺たちに寄越しな」
これでは少し離れたところにある隣の配給列や補給係からはこちらの状況が見えない。男たちの後ろにいる他の配給待ちの人間たちも先程から見て見ぬふりを貫き通しており、この男たちが第四区画において有名かつ厄介な連中であることを物語っていた。
「そんな事をすれば次回から配給が受けられなくなるわ。それでもいいのかしら」
「ハッ、残念ながら俺らはもうこの区画からはおさらばすんのさ。第三区画以内なかに行く訳じゃあねえが、『アテ』が出来たんでな」
もう配給を受け取らないと宣言した彼らには失うものが無いという事になる。その『アテ』というのが何かは分からないがここまでしてくるということはどうやら本気らしい。
だがこちらもここで引く訳にはいかない。第四区画に住んでいるような人間に言い負かされるなどあってはならない。ここで引き下がってしまっては自身の家名に傷を付けられているようで気に食わない。プライドが少女の意志を硬くさせる。
少女の意志が変わらないところを見て、男は無表情から少し顔を歪ませた。
「そうだ、それだよ。その目だ」
その表情には先程より強い怒りの感情が見て取れた。
「日頃から見下されてるみたいで気に食わなかったんだよ、配給係てめぇらが!」
遂に男が少女へと手を伸ばす。
ガシッ!
しかし、男の腕は少女を掴むことなく、逆に背後から伸びてきた別の腕に掴まれてしまい、途中で制止する。
「なっ…!」
周囲を仲間で囲み油断していた為、どこからか伸びてきた腕に驚きを隠せずにいる。
男は隊員や別の配給係に勘づかれて計画が失敗に終わったと思い内心焦ったが、伸びてきた腕は防衛機関の隊員によるものではなく、ましてや別の配給係のものでもなかった。
男が腕の主を辿ると、それは自分より遥かに小さい子供のものであった。
「おいおい、前の方が騒がしいと思ったら何してんだよアンタら!」
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