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  • 執筆者の写真a.t.

【第✕‬章】この日々が終わる前に。(1)

【西暦2486年】【時空歴228年】

現《第三区画北エリア》旧《東京都水道橋》


「行っけー!ホームランだぁ!」


カキーン!


何か硬いものを叩いたような、子気味のいい音が辺りに響くと同時に、輝く球体が弧を描いて飛んで行く。

水道橋、ホームランと言えば、昔は『あの場所』に集まった、固唾を飲んで見守る観衆がたちまち立ち上がり、雄叫びを上げていたことだろう。

しかしあいにくここはあの場所、過去に『球場』として知られていたドーム状の建物の中などでは無く、そのすぐ隣に位置するただの吹きさらしの道路だった。


「へへっ、球場内(あんなか)で『発生』してくれてりゃおあつらえ向きだったんだけどな…!」


夜の闇に包まれる街路。髪を短く刈り揃えたニヤリと笑う少年の手には黄金色のバットが握られている。


彼の瞳が見据える先、暗闇で『何か』が動いた。

少年の打ち放った輝く球体は闇に蠢く『何か』に向かって進み、直撃する。


ズドン!


「ぎぎぎャあああああッ?!」


重く食い込むような鈍い音が聞こえた直後『何か』はこの世の者とは思えない叫声を撒き散らしながら、少年とは逆側に進み出した。


「『蘭導(ランドウ)』!そっち逃げたぞ!やっちまえ!」


黄金のバットを振り切った少年の前方、走り出した闇に蠢く『何か』の向かう先で『蘭導(ランドウ)』と呼ばれた少女は手で腰を探り何かを掴むと、それを一気に引き抜いた。


「見りゃわかる…っての!」


その少女が引き抜いたのは彼女の背丈の八分目程の長さの『刀』だ。

少女の手から伸びる長刀に月明かりが妖しく反射している。

迫り来る『何か』がその横を通り過ぎようとした時、彼女の顎ほどまでの長さの黒髪がゆらりと揺れた。

瞬間、刀身の僅かな煌めきは一筋の線となり、『何か』の中心を切り裂いた。


「ぎぎャあ?!」


暗闇に居た『何か』が体勢を崩し、スピードのままに街灯の元まで転がる。明かりに照らされ『何か』の全貌があらわになる。

漆黒の体表、歪な球体上の身体に四本の脚が生えており、頭部に当たる部分には小さな眼と人に近い形の歯がびっしりと並んだ口が付いている。異形の存在、正に『怪物』と呼んで相違無かった。


「やったのか!?」


黒い身体には少女の長刀による裂傷が刻まれており、倒れている謎の生物はビクビクと痙攣している。


「いや、浅い…!」


横たわっていた『漆黒の怪物』はその身体を一際大きく震わせると脚をばたつかせ、直ぐに体勢を立て直した。


「なんつー生命力だよっ!」

「また走り出す…!『伝太(デンタ)』、もう一発!」

「あいよ!おらぁ!」


少年『伝太(デンタ)』がもう一度バットを振りかぶり、『どこからともなく取り出した』輝く球体を発射する。


「…ぎャ!」


しかし、球体は再度『漆黒の怪物』に直撃すること無く、遠方でアスファルトの地面に落下した。怪物は素早く横に移動し、球体を躱したようだった。


「避けやがった…!さっきより動きが早くて当ったんねぇ!」


『漆黒の怪物』はドタドタと微かに地面を揺らしながら、二人を背にして一目散に逃げていく。



「ちょっ、何してっし2人共!走って!追わないと!」



取り残されてしまった二人の背後から別の人間が顔を出す。声の主は後方に控えていた二人と同じ制服に身を包んだ少女だった。少女は二人より幾分か歳は幼く見えるが、厚めのメイクと煌びやかな長いネイルで武装しており、背伸びしがちな今どきの女子というような風貌だ。


「オーケー『ごっせ』!」


二人の応答に対し、少女は一瞬ムッとした顔になるが渋々二人と共に走り出した。


【ビッ…ビビッ…】


「おっ、通信?」


三人は腰に装着された収納具から小型の通信端末を取り出す。


【隊員各員に通達。現在、伝太、蘭導、林檎青(リンゴセイ)の三名が第三区画北部にて目標と交戦中。出動可能な隊員は速やかに目標の排除にあたれ】


【『亜空堕(あくうおち)』は組織(にんげんども)と違って理性というものが存在しない、どこに向かうかわからんぞ、絶対に食料支部と集合高層住宅街には近寄らせるな!】


『『『了解!』』』


凛とした女声による無線に呼応して三人の他にも複数の声が通信デバイスから響いた。


【それとあまり第三区画内で暴れすぎるなよお前ら…というか伝太】


「名指しかよっ!?」


自分だけ名指しで指摘され、伝太が夜空に向かって驚嘆の声でツッコミを入れた。


「分かってる、次の一撃で終わらせる」


蘭導は刀の柄に手をかけて呟いている。


【いや伝太もそうなんだが…まあ『アイツ』は言っても聞かんか…とにかく!頼んだぞみんな!】


そう言って通信が切れた。


彼女の言うアイツは話を聞く聞かないと言うよりも『聞いても無駄』という感じだろうか。先程聞こえた複数の声の中には居なかった様だが、どうせ今頃急いで出撃している事だろう。


「つーか第三区画内でも亜空堕は湧くんだな!」


「湧く場所!人気の無い場所かつ広い場所、区画とか関係ナシ!これ常識!」


脳天気な伝太の問いかけに対して息切れしながらもギャル少女『林檎青(リンゴセイ)』が返した。


「手短に説明ありがと…よっ!」


少女の説明を軽く受けながし、伝太が走りながら再び球体を打ち飛ばす。

しかし道路を激走する黒い四足歩行の『怪物』、通信で『亜空堕(あくうおち)』と呼ばれていた生き物はまたもや素早く身体を横に逸らして球体をすんでのところで回避した。


「かぁー!当ったんねぇなぁ!後ろにも目がついてんのか?」




「はぁ…あんたねぇ、今言われたばかりでしょ。あんま無闇やたらに『時空能力(じくうのうりょく)』で道路砕かないでよ」




「…ん?って、うおわあ!?いつの間に湧いたんだてめえ!」


気付けば走る3人に脇道から新たに一名の隊員が合流していた。

その隊員は寝起きであろう気だるげな眼を擦り、腰まで届くモサモサのツインテールを揺らして走っている。


「『立華(タチカ)』か…!非番なのにわざわざ応援感謝する」


「今北産業(今来た。3行で状況説明よろ)」


合流した『立華(タチカ)』が後方を息切れしながら走る、林檎青の顔をちらりと見る。

ギャル少女は伝太に続き、全力で走っているこの状況でまたもや説明を仰がれたことに顔を歪めるが、諦めたように夜空を仰ぎ、思い切り息を吸い込む。


「亜空堕が第三区画北にて発生!

至急出動可能な隊員は現場に急行して対応!

絶賛交戦&追走中!」


体力に自信が無いであろう様子の彼女の必死の説明を、立華はグッと親指を立てて称賛した。


「thx(サンクス)、『ごっせ』」


「走りながらの説明役もう無理ぃ〜…てゆーか3人ともウチのこと『ごっせ』って呼ぶなっての〜〜〜っ!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもどうするよ、アイツ止まる気配がねぇし微妙に速いせいで追いつかねえぞ!」


「攻撃されて気が立っちゃってるみたいだし、ウチらが追いかけてる間は絶対止まらない的なカンジじゃん?アレ」


「でも追いかけるのをやめても止まらない。更に被害が出るだけ」


「…ん?なんか来てんな」


依然として爆走する亜空堕の背中を追いながらの纏まらない話し合いの最中、伝太がおもむろに端末を取り出す。見ると新しい緊急通達が来ていた。音声メッセージでは無かったが故に走っていた四人は気づくのが遅れたようだった。


「なっ、!?」


伝太がプルプル震えた手で端末の画面をこちらに向けてくる。そこにはおよそ今の状況では目を逸らしたくなるような内容が書かれていた。


【続いて各隊員へ通達。先の個体以外にも、現時刻で発見された亜空堕が同時に複数体存在している模様。端末のマップ上のその他個体発生位置を確認し、出動中の隊員は手分けして対処に向かえ。私も現場に出動する為、音声では無い急ぎの報告になってしまいすまない。各員健闘を祈る】


「…マ?」

「だっる…」

「もー、観たかったドラマの最終回始まっちゃう〜!録画してないのに〜!」


伝太の端末画面を見て立華、蘭導、林檎青の順に「うへぇ…」と溜息を漏らした。

唐突なバッドニュースに気が滅入りそうな四人だったが、どうにか気を持ち直し各々端末を取り出して他の亜空堕の発生場所を確認する。


「情報にある亜空堕はアイツの他に二体。片方は俺らの位置から割と近いみたいだけど、もう一体がここからはちょっと離れてんな」


「アタシ達以外の隊員が続々と出動して対処に向かってくれているにしろ、その隊員達の到着まで他の奴らも野放しにしておく訳にもいかないし…」


伝太と蘭導が唸るのを傍目に、立華が相変わらず気だるそうな目のまま唐突に、自身の前の何も無い空間に手を伸ばすと、どこからとも無くホログラムで出来たコントロールパネルが姿を現した。

立華は走りながら、自分の周りに浮かんでいるキーボード式のタッチパネルにカタカタと何かを打ち込んでいく。


「現時点で出動している私たち以外の隊員が遠い方の亜空堕と接触するまでに、およそ1時間って所ね。あまり長い間放置しておくと見失う可能性もあるし、この位置からなら急いで向かえば、第二区画から出動してくる隊員よりは早く接触出来る」


立華は自身の周りのホログラムのパネルを仕舞う。


「アタシがそっち側の亜空堕を見てくるからあいつは任せたわよ」


「わかった。気をつけて」


立華は蘭導たちとアイコンタクトで別れを交し、横の道に反れていった。

合流した立華が再び離脱し、残された三人が引き続き前方を走る個体の対処に当たることとなる。三人があれやこれやと足を止める方法を模索する中、ここで亜空堕が思わぬ行動を見せた。


「…!?」


今まで一目散に逃げていた亜空堕が急停止したのだ。

意志を持たないとされる亜空堕が、じっと何かを待つかのように。

亜空堕は今まで背を向けていたわたしたちの方へゆっくり振り向くと、低めの姿勢に切り替わり臨戦態勢を取ってきた。

亜空堕は静かに正面からわたしたちを捉え続けている。


「今がチャンスじゃねーの!?」


「もう逃げるの…観念したカンジ?だったら一気に…!」


「待って、二人とも焦るな!」


蘭導の声掛けにより、伝太は踏みとどまったが、酸欠気味で思考が上手く働いていなかった林檎青が一人、今まで以上の全速力で突撃する。

林檎青の掌が赤く輝き、もともと長めだった煌びやかな爪が急激に増伸する。

林檎青の『時空能力』によって生成された、鋭く長い深紅の爪が亜空堕に迫る。


「喰らええええ!」



『ぎャあ。』



亜空堕の短い嘶きが耳に届く。しかしその嘶きが響いたのは三人が注目していた正面からではなく、


上空。


唐突に、意図せぬ方向から聞こえてきたその声は、あの亜空堕が決して無闇矢鱈に逃げまわっていた訳では無かったことを意味していた。

亜空堕は明確な目的を持って走っていたのだ。私たち隊員がそうするように、


同族と合流する為に。


一体目の亜空堕と違い、昆虫のような見た目のその個体は、隣接する建物の外壁に張り付き、飛び移りながら近づいてきていた。二体目の亜空堕はもう既に林檎青に向かって降下してきており、正面で待ち構えていた亜空堕もいつの間にか口を大きく開き林檎青を飲み込もうとしていた。

伝太と蘭導が走り出すが、間に合わない。


「え、いやっ…助け…!」


林檎青に二体の亜空堕が襲いかかろうとしたその時だった。



『バゴォーン!』



亜空堕の側面から別の二つの大きな影が追突した。凄まじい衝撃に二体の亜空堕がゴム毬のように吹き飛ばされる。


「ぎャ!?」

「ぎャス!!」


影のひとつは亜空堕と同じ四足歩行であり、亜空堕が吹き飛ばされたのち、空中で華麗に宙返りしつつ子気味のいい音と共に着地した。

その正体は、鬼のような2本の角を生やした、全身が光輝く二角獣(バイコーン)。


「塞翁(サイオー)号!」


その二角を生やした馬、『塞翁号』に跨る人影は、先刻端末から聞こえてきたものと同じ凛とした女声で地面にへたり込む林檎青に告げる。


「間一髪だったようだな」


「『天騎(アマキ)』センパイ〜っ…!」


そしてもう一つの影は、四つの脚では無く、四つの車輪をギャリギャリと鳴らしドリフトしつつ静止した。

その四輪の正体は、外装に分厚い金属の盾のようなものを複数装着しガチガチに硬め改造した装甲車。


「どもっス皆さん。新開発のお助けアイテムを引っさげて、第二研究開発支部所属のこの『メタリム』ちゃんも直々に救援に来たっスよ!」







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